「ジュリエット!」
「…は?」
海岸で、出会い頭に叫ばれた。相変わらず声の良く通るさかなだ。どこから出ているのか。
彼が海に帰ってから再会するまでに、そんなに時間はかからなかった。私がか海岸に訪れれば必ずいるのだ。狙っていたように、現れる。 だが、今日はいつもと違った。嬉しそうに何度もその名を呼ぶ。私の名前でない、名前を。
「…なあに、それ」
「本を読んだんです」
確かに聞き覚えのある名前だった。有名な作品だ。読み逃さないはずが無い。だが、なぜ自分がその名前を呼ばれなくてはならないのか。
「身分違いの恋ってすてきですねえ」
「…そうね」
唐突に背中にひんやりとした空気が突き刺さる。
いやな、よかん。
「ねえ、カイン。それってまさか」
「ぼくはフームさんのためならいつでも」
「ちょ、ちょっと!冗談でしょ」
そもそも目の前の相手のために薬を飲むほど相手を好いてはいないのに。
しかし、それ以上カインが言葉を続けることは無かった。
波の音だけが聞こえる。
ただの静寂よりかはよっぽどましだが、おしゃべりが大好きで、波の音すらかき消す彼にはにつかわしくないシチュエーションでなんだか薄ら寒い。
さっきから悪寒ばかりだ、夏なのに。
「ぼくはジュリエットをひとりにはしない」
それは唐突だった。
ざばりという音とともに、カインが全身を見せた。
水から上がっているのだ。
「な、なにを、」
「いつでも、あなたのそばにいたい」
「だって水、」
「あなたは、海に入ってはくれないでしょう?」
ぴちぴちはねながら近づいてくるそれに対して、思わず後ずさってしまう。
気圧されると言うか、恐ろしいと言うか、気持ちが悪い。
悪いとは思うが、全身が彼を否定している気がした。
「いいんです、死んでも一緒ですから」
それは海から上がる自分に対しての言葉だろうか。
どこまでも自分勝手な魚だ。